2017年07月19日

北野武監督の美

 現在世の中には多くの天才が溢れかえっていると私は思う。一時期流行ったカリスマなんちゃらという呼び名もそうだけれど、天才という名称を簡単に与えすぎる現状により、天才の価値が著しく低下してきているように思われる。そして簡易にその名称を手に入れられることを知ってか、飢えたように天才を欲する人たちが増えてきた気がする。

 だが、こんな世の中にも本物の天才は実在する。知る人ぞ知るお笑い芸人であり、映画監督の北野武さんである。今回はお笑い芸人としての武さんには触れずに、映画監督としての武さんの話を少ししていこうと思う。
 天才のことを天才という言葉を使い褒め称えるのは、言葉を扱う職業柄歯がゆい思いをするところではあるが、はっきり言わせてもらうが、彼は天才だ。私の憧れの中の憧れであり、絶対に越えられないと思う壁。いや、越えられないどころか、超えようと意図することすらできない絶望的に高くそびえ立った壁だ。

 北野武監督は映画を撮影する際に脚本も自分で担当されているが、映画の脚本の元となる大まかな話を、早ければ二時間程度、遅くても十時間程度で完成させてしまうというから驚きだ。もちろんそのあと映画に関わるスタッフさん達に脚本を見てもらい、手直しをしていくというが、それでも驚きは全く冷めない。あれほど濃密でユニークな映画の根源となる話を、そんな短時間で書き上げるなど私にはとても無理な話だ。私なら一本仕上げるのに早くても数か月、下手をしたら数年かかってしまうかもしれない。それほど北野武監督の映画は面白く、そして魅力的なのだ。
 
 そして北野監督の映画の特徴といえば、それはやはり暴力的な描写であろう。
北野監督の映画にはいたるところに暴力が潜んでおり、反社会的な男たちの争い事から、恋愛、果てには家族愛にまで暴力性が含まれている。私は性格上、暴力シーンなどはそれほど好む人間ではないのだが、北野監督の映画の暴力には目が釘付けになってしまう。顔をそむけたくなるほど過激なシーンも随所にあるのだが、それでも画面から目を背けることができない。私のような人間が何故?
 答えは簡単なことだった。それは「美」。北野監督の映画の暴力には美が潜在されているのだ。
もちろん暴力は暴力。それ単体の行動様式に美しさは存在しない。暴力と美は完全に異なるもの。この考えがゆるぎなく刻まれている私が、北野監督の描き出す暴力には美を感じざるを得ない。一部分だけ見ればただの暴力シーンなのだが、作品全体を一歩引いた状態で見てみると、やはりそこには美しさがある。世界の先駆者たちが追い求めてきた美と、反社会的な行動の一つである暴力を見事に昇華させている。おそらくそれは北野監督自身が持つ美が成せる業と考えている。私の作品でも暴力的な描写を描くことがあるが、これほどの境地に辿り着くことができるのかと思うとめまいがしてしまう。全くもって憎くなるほど遠い存在だ。

 意地の悪さを感じるほどの才を持つ北野監督。手を伸ばしても、飛び上がっても届かない存在なのかもしれないが、同じく物語を創造する作家としての意地が彼の背中を追ってしまう。必死に追い続ける私の姿も、いつか一つの美となるように。

 最後までお読みいただきありがとうございました。
posted by シバモト at 20:51| Comment(0) | 美術・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月18日

小説の構想を思考するために適した場

 ブログを再度始めて六日目。出来ることなら毎日記事を上げて行こうと考えていたのですが、いきなりつまづいてしまいました。昨日、人気ブログランキングなるものをやってみようと登録したのですが、いや、大変な目に合いました。いや、登録するまでは簡単にできたのですよ。しかしどうやっても私のブログに、人気ブログランキングのバナーが取り付けられない(ここでは貼り付けられないと言った方が正しいのかな)。そんなこともできないのかと笑われてしまうかもしれませんが、昨夜はずっと頭を抱え悪戦苦闘しておりました。多くのブログなどを参考にさせてもらい、なんとか人気ブログランキングのバナーを取り付けることに成功したのですが、私の頭はすでにオーバーヒートしており、ブログの更新など出来る状態にはありませんでした。気軽に登録をしたのに、まさかここまで大変な思いをするとは考えてもみませんでしたよ。辛かった。
 

 ということで、また前置きが長くなってしまいましたが、ここから本題に入っていこうと思います。
私は文筆家、小説家と言う仕事柄、頭の中には常に文書が巡っています。己の中から優れた作品を生み出すためとはいえ、このような状態は非健康的でありますし、おそらく優れた作品を生み出す優れた作家はもっと脳内をリラックスさせた状態で物語の構成に取り掛かっているのだと思います。そして人からも、そういう状態で作品を考えた方が、作品が自分に捕らわれないようになると聞き、私もより良い状態で小説の構成作業に入れるよう、脳内をリラックスさせられる場所を探すようになりました。
 普段私が作品構成を行う場合は、ほとんど自分の部屋で行っておりました。やっぱり自分の部屋は落ち着きますし、いくつもの作品を生み出してきた慣れ親しんだ仕事場でもありますから、作品構成に没頭できるわけです。しかし、私の場合この没頭がいけない。熱が入りすぎて途中で頭がパンクしてしまい、作品から逃げ出したくなることもしばしば。そのため、この部屋意外にも仕事場と言うか、作品を練る場所を見つけようとしております。
 最初は札幌市内のカフェを巡って見たり、地下歩行空間(札幌には札幌駅から大通駅まで繋がる地下の歩行空間があります)の椅子にポツリと座り作品構成に励んでみました。そうするとですね、作品の事を考える場所を変えるだけで、自分の芯より一歩外で作品構成に臨むことが出来る私に気が付いたわけです。新たな発見ですね。仕事部屋に籠っているより下が広がったのです。
 ですので、作品構成だけではなく、自分に何か迷いや悩みが生じたときには、いつもとは違うところで殻に籠るのもいいと私は考えております。外でだって殻に籠ることは出来ますからね。

 今現在、新たな作品構成に悩んでいる私も、明日はまたどこかで殻に籠ろうと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
posted by シバモト at 21:11| Comment(0) | 小説に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月16日

小説とは

先日まで私の専門とはかけ離れた記事をUPしていたので、そろそろ私の本業に関することを書いていこうと思っております。私は最初の記事で札幌在住の文筆家・小説家と書きましたが、腰の入れ方からすると現在は文筆家というよりは、小説家としての側面のほうが強いと思います。ということで本日は、私が愛し、そして日々悩まされている小説についての話を少し書いていきます。

 小説家がどんな仕事をして、収入を得てご飯を口にしているは、みなさん当然ご存知でしょう。もちろん小説を書くことが仕事です。当然のことですね。小説家がペンを持って踊ったって一銭も稼げませんから。名前が売れ上手いことテレビ出演などのチャンスがもらえている小説家以外は、主に日々パソコンと向かい合い、自分の頭の中で創造した物語を小説として書いていきます。(どんな話を書いていきたいか大筋が決まっても、すぐに書いていくとこはできません。しっかりとプロット構成を立てなければ、物語が途中できしみを上げ崩壊してしまいます。ですが、この辺の話は今日は置いておきます)


     『小説とは一体なんぞや』

 皆さんが大まかに理解されているだろう小説という言葉にも、実は定義というものがあります、それは、
  ・文学の一形態であり、作者の構想を通じて、人物や事件など、人間社会を描き出そうとする話の筋を    持った散文体の作品。
と、されています。もう少し簡単に言えば、散文で書かれた虚構の物語であり、一定上の長さと複雑さを持ち、ある特定の状況下で人間がかかわる一連の出来事を通じ、その上での人間の経験が書かれたものなのです。
 私が人に物事を説明する上での言葉の扱いがまだまだなのか、こうして言葉に表すとより一層理解に苦しみ、言葉の海に沈み込んでいきそうになりますね。まぁなんとか私の説明で、小説という掴めるようで掴めない雲のような言葉に興味を持ち、近づいてくれれば嬉しい限りです。
 ちなみに説明の中で何度か登場した散文という言葉の説明をしておきます。散文とは、小説や評論のように、5・7・5などの韻律や句法にとらわれずに書かれた文章のことです。

 ということで、私は意外とややこしい定義を持つ小説を書いていく仕事をしているわけです。今年の札幌は例年以上に暑く、想像上の出来事や人間たちを動かしていくのに大変苦労しているところでございます。
 しかし、こういった暑さを体感できることを当たり前のこととは考えず、日々の出来事に感謝し一歩一歩邁進していこうと考えている私であります。

 一語一文に悩み、苦しめることも、幸せの一つと感じられるようになれば、それほど嬉しいことはないのかもしれません。

 最後までお読みいただきありがとうございました。

 
posted by シバモト at 21:19| Comment(1) | 小説に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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