2017年08月25日

カバンにフラペチーノを



今日は読み物を一つ。
今回は美術品は使わずに、過去の偉人を登場人物にしました。
天才物理学者のアインシュタインと哲学者のデカルトです。
どうぞお楽しみください。

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12月の明かりが照らすけやき坂のスタバの中、白い頭髪と白い髭を生やした男が、ふて腐れた様子でテーブルに戻って来た。彼の手には緑色の女性が描かれたカップが二つ。
「僕が君の分まで運んでくる理由がわからない」
デカルトは当然のことのように答える。
「私の方が先に何を飲むのか決定し、先に注文を終えた。カウンター前には多くの人が並び、少しでもスペースが空くのを待ち望んでいるようだった。どうやらこの街の人々は異文化の人間にだいぶ慣れてはいるようだが、それでも注文を終えた男が優雅にカウンター前に立ち尽くしていては腹も立つだろう。そのため私は君に整理券を託し、社会通念から外れない限り何をしていても許されるこの席に座ったんだ。それがあの場で私のとれる最善の策だった。まだ疑念はあるかね?」
「いいや、ないよ。もういい」
「それなら良かった。さぁ、君も座りなさい」
アインシュタインは椅子に座り、不快そうに顔をしかめる。
「まだ何か私の行動に不満があるのかな?」
「それは今の君の説明ですでに解決しているよ」
「では何故にそんな顔を?」
まるで我が家にいるかのように長い髪を手で梳かすデカルトに、アインシュタインは気弱な視線を向ける。
「この椅子、暖かいよ。きっとさっきまで誰かが座っていたんだ」
「それはそうだろう。これだけの人がいる店内で、この椅子にだけ誰も腰を落ち着けないと君は考えているのかね?空の上の誰かが、そんな小さなイタズラ心を働かせるとでも?」
アインシュタインは覚悟を決めたように椅子を引き寄せ、声を潜める。
「そんなことを言ってるんじゃない。誰かが去った後の椅子に座ることくらい気持ち悪いことは無いじゃないか。見知らぬ人と肌を合わせているような、そんな気さえしてくる」
彼の嫌悪感に対するいくつかの言葉が浮かんだが、それを飲み込みデカルトはただ笑っている。
「君は不快じゃないのか」
「気持ちのいいものではないかもしれないが、別に気にはならないな。人の数が多ければそれだけ人と接する機会も増える。それだけのことだ。そんなことで老いた顔を更に歪ませる君は、よほど自由に生きてきたのだろうな」
「座り心地の悪い椅子では数のパズルを解くことは出来ない」
「まぁ、それに関してはわからなくはない。私も数学に興じる種の人間であるから、君の気持ちも理解できる。自分に適した机と椅子があってこそ数学は楽しめ親しみを感じる」
言葉を終えデカルトはストローに口を近づける。この店を紹介してくれたアインシュタインのお気に入りだという、フラペチーノという飲み物。彼は何度もダークモカチップフラペチーノを頼むべきだとデカルトを促したが、注文を待つ列に並ぶ間に女性客がカウンターで不思議な色の飲み物を受け取るのを目にし、何かに引かれるようにデカルトも女性客と同じものを注文した。それがキャラメルフラペチーノ。飲食物の色彩的には中の下のような気もするが、落ち着ける場所のないこの世界で、心満たされる風味に出会うことに期待を寄せていた。良き飲食物と出会いは良き生活の出会いに等しい。だが唇がストローに触れるや否や、向かいに座る男の声が飛ぶ。
「あぁ、駄目駄目。デカルト君、それじゃ駄目だよ。君はスターバックスのフラペチーノの嗜み方をまるでわかっていやしない」
飲食の行為に入る直前で動きを止められることほど嫌なことは無い。デカルトの声は思わず大きくなる。
「君が何を言っているのか私にはまるで分らない。これは飲料なんだ。ストローまでしっかりと添えられた飲み物だ。それをストローから吸い出し口に運ぶことは間違いだというのかね?」
小さなテーブルにアインシュタインは身を乗り出し、周囲の陽気な客たちに聞こえないよう小声で話す。
「デカルト君、君は賢い人だ。だから人にあれこれと指図されるのは嫌かもしれない。それもストローで飲み物を吸い出すという、ごくごく簡単な動作についての口出しは非常に癇に障ることだろう。だけれど僕は人の間違った行動を黙って見過ごすことは出来ないんだ。ここの飲み物には最善の味わい方があるんだよ」
勝気なデカルトは湖面を揺らすように小さく笑う。
「面白いな。物理学以外でこれほど熱くなるなど君にしては珍しい。君の熱に免じてここは大人しく聞くことにしようか」
「それがいい。この世界に来てまだ短い君は、僕の言葉を信じるべきだ」
ふて腐れていたアインシュタインは急ににこやかになり、カバンの中を漁り始める。彼は整理整頓が苦手なのか、カバンの中という狭い世界ですらなかなか探し物は見つからないようだった。だがそれは仕方のない事。人は答えを探し出そうとすると必ず視野は狭くなる。ならば探し物も同様だろう。探すほど目当てのものは遠ざかっていくのだ。
 窓の外の青い光の中歩く人々を眺めていると、アインシュタインが子供のような声を上げた。
「あっ、あったよ。あったあった、やっと見つけた」
ようやく探し物を終えた彼の手にあるのは、日に焼けて古びたメモ帳だった。彼はそれをテーブルに置き、皺だらけの手でめくり始めた。
「忘れないようにここに書いておいたんだ」
「何をだね?」
「フラペチーノの嗜み方さ」
ため息をつくデカルトにアインシュタインは言う。
「僕のやり方をよく見ているといい」
「やり方ねぇ」
「そう、物理学に崩しようもない定理が存在するように、スターバックスのフラペチーノの飲み方にも定理が存在するんだ。ただスターバックスには愛好者が多いから、嗜み方の定理もいくつか存在し論戦は続けられているらしい」
「そんなことで論戦が?とても信じられないな」
「それだけフラペチーノは奥が深いのさ。フラペチーノの嗜み方で国交を断絶する国だってあるかもしれない。『君達は大きな間違いを犯している、我々の飲み方はこうだ!』とね」
会話を続けながらもアインシュタインはすぐにカップの上部に付けられていた半円形のフタを取り外し、ストローを袋から取り出した。
「なるほど、上に乗るクリームのようなものを酸素に触れさせるのだな。酸素によりクリームに大きな変化が起き、良質な味に変化すると」
「違う違う、答えを急ぎ過ぎてはいけない。腰を椅子に沈めゆっくりと問題に向かい合ってこそ、答えの神髄を導き出すことが出来るんだ」
アインシュタインは自慢気な表情でストローを使い、彼の注文したダークモカチップフラペチーノの上に乗るクリームを崩していく。一見下品にも見える行動だが、周囲の客たちに彼を嘲笑う様子はないことから、スターバックではこれはありふれた行為なのだとデカルトは納得し、彼の動きを真似て半分アイス上のクリームを崩し始める。だがそれも彼にとっては見過ごせない行為だったようだ。
「ちょっと待って」
アインシュタインの声にデカルトは手を止めた。デカルトのカップの中には晩年を迎えた老人の背中のように、崩れかけたクリームの山が一つ。溢れんばかりの哀愁が漂っている。
「今度は何だね」
「何だねなんて気取っている場合じゃないよ。君は今クリームを全て崩そうとしていた。だがそれはしてはいけない行為なんだ。君だって平地からどこまでも見渡せる人生など望んではいないだろう」
目の前に座る男が何を言っているのか理解できず、頭の上に今にも降りだしそうな灰色の雲が浮かんだ。フラペチーノ愛好者の老人は説明を続ける。
「哲学の世界で太く生きた君に人生を語ることは躊躇してしまうけど勘弁してほしい。平地を歩くような人生は安全だが、楽しみには巡り合えない。山や谷があってこその人生なんだ。山頂に辿り着き大地を眺める時の爽快な気持ち、谷から這い上がり陽の光を体中に浴びた時の澄んだ気持ち、それに誰も解けなかった物理史上の難題を説いた時の晴れ晴れしい気持ちと…」
言い淀んだアインシュタインの言葉にデカルトは続ける。
「頭を悩ませる相手がいなくなったことの物悲しさ」
「それだ」
アインシュタインは両手を広げ、自分の気持ちを素早く読み取った事への賞賛のポーズを見せる。
「山や谷があってこそ濃密で濃厚な人生が楽しめるんだ。喜びや悲しみを味わい生きていく。それが人生だろう」
アインシュタインのつたないが熱を持った言葉に、デカルトの心は緩みをみせていた。天才的な発想力と頭脳を持ったがゆえに不器用に生きた老人の明るい顔に、扉はきしむ。
「つまり君の言いたいことは、このスターバックスという洒落た店のフラペチーノという飲み物には、人生と同じだけの楽しみがあるという事かな」
「そうさ、そしてフラペチーノには人生の傍らに置いておくだけの価値がある。疲れた時や迷いがある時にお気に入りの椅子に座り、何度も読み返した文庫本を開きフラペチーノを飲む。それだけで人生は楽しくなるのさ」
哲学に対しそれほど深い見識を持たない彼には人生とフラペチーノの対比、いや、人生におけるフラペチーノの必要性を語ることは大変だったらしく、彼は大好物だという灰色のフラペチーノを吸う。
「ああ、本当に美味しいよ。ダークモカチップフラペチーノには美味しいという表現が一番合うな」
皺だらけの顔をほころばせアインシュタインは幸せそうに微笑んだ。人の表情を飾る博物館があるなら『幸せな時の表情』の標本には間違いなく今の彼の顔が使われるだろう。
可愛らしくさえ思える笑みを浮かべるアインシュタインの背中を、デカルトはそっと押す。
「では素晴らしいという表現はどうだろう?素晴らしいフラペチーノ」
フラペチーノ愛好者の老人は、物理を紐解く銀色の錆びた鍵を見つけたかのように手を叩く。
「その表現もいいね。だけれど『素晴らしい人生に素晴らしいフラペチーノ』よりは『素晴らしい人生に美味しいカプチーノ』の方が文学的に具合がいいと思うんだ。だから素晴らしいフラペチーノという表現はいつでも取り出せるように机の一番上の引き出しにしまい、美味しいフラペチーノという表現を使わせてもらってるんだ」
「君が文学的な視野を持つとは知らなかったな」
「数と真摯に向き合うには物理学的視点だけでは物足りない。必要ではないと思われる視点も取り入れてこそ数とわかりあえるんだ」
アインシュタインは笑みを浮かべたままデカルトのカップを見る、
「話し込んでいるうちにそろそろ頃合いだ。二回転と半分ストローを回しフラペチーノをかき混ぜるんだ。おっと、上に残ったクリームまで混ぜてはいけないよ。残りはゆっくりと崩しながら飲むのだから」
「それがスターバックスのフラペチーノの飲み方に対する、公式の見解なのかな?」
「公式な見解ではないよ。ただスターバックス愛好者たちの半数が押すフラペチーノの嗜みに、私が筆先で色付けした飲み方なんだ。大抵はクリームを全部崩し、ストローで強引に混ぜ込み飲んでしまうのだがね、私はまずクリームを半分崩し数分待つんだ。この数分がキモでね、注文したカップのサイズや店内の室温により適切な判断が必要となってくる。見極めが肝心なんだ。二分でいい時もあれば四分待たなければならない時もあるからね。そして時間がきたらストローでフラペチーノを二回りと半回転する」
デカルトは首を振る。
「本当に君はどうかしているな」
「よし、しっかり回したね。それじゃあ飲んでみて」
子供のように急かすアインシュタインに苦笑いを浮かべ、デカルトはストローに口を付ける。クリームと氷によって柔らかさを持った液体から甘いキャラメルの風味が口中に広がった。決して甘すぎることもなくキャラメルの潜在能力を余すことなく引き出した極めて優秀な飲み物に、デカルトは目を閉じる。
「どうだね?」
何故か自慢げな声を出すアインシュタインに、デカルトは瞼を開けうなずきかけた。
「君の言う通りだったよ。人類の英知が生み出した甘美な飲料が私の口内で踊り、鮮やかな羽を広げた。これは現代社会を生きていくには欠かせないのも物なのだろうな。人生を歩くのにフラペチーノは必要不可欠だ」
アインシュタインは今日一番大きな笑顔を見せる。入道雲が優雅に泳ぐ青空の下、草原の中を駆け回る少年のような透き通る清い笑顔。
「そうだろう。そうなんだよ、フラペチーノは常に僕らの傍らになければならないほどのものなんだ」
「本当に美味しいな。こんな飲み物があるなんて驚きだ」
「キャラメルフラペチーノでさえそれだけの味わいなんだ。私が頼んだダークモカチップフラペチーノなら、更に君を驚かせたことだろう。コーヒーとダークチョコレート、それにチョコレートチップとミルクが折り重なりあい、口の中で舞うかのような共演を見せてくれるのさ」
デカルトはもう一度キャラメルフラペチーノを飲み、顔を上げる。
「次にここに来たときは、君のオススメを頼んでみることにしよう。このキャラメルフラペチーノも捨てがたいがね」
「是非そうするべきだ。そして何度もスターバックスに通い、一番自分の人生に適したフラペチーノを選び抜き、そしてそのフラペチーノをカバンに入れ生きていくんだ」
「カバンに入れっぱなしにしていれば温くなってしまうし、そもそもこぼれてしまいカバンの中がベショベショになってしまうじゃないか」
斜めに顔を傾け、アインシュタインは片目を広げる。何とも皮肉な顔だが、彼の表情に嫌悪感を抱かせるものはなかった。大事な友人の得意げな顔。
「君は理屈に絡め取られているようだ。それではダメだよ。理屈の檻の中に居ては自由な発想など出来やしない。人生で常に携えるカバンに不可能などないよ。すべてを諦め光を失わない限り、いつでも冷えて美味しいフラペチーノを取り出せるんだ」
「それなら君はいつでもフラペチーノを楽しむことが出来るな」
隣の席に座る女性客たちが二人のフラペチーノ談議に笑う中、満足そうにダークモカチップフラペチーノを味わうアインシュタイン。
「デカルト君だって同じだよ。我々は生きている限りいつだってこの味を堪能できるんだ。一人ででもいいし、今日のように友人を連れてでもいい。穏やかな空気を吸い、フラペチーノが飲める。他に何が無くてもそれだけで十分に幸福じゃないか」
「物理が無くてもいいのかな?」
忘れ物に気づいたようにアインシュタインは目を開く。
「それは重大な問題だ。物理も加えておこう」
開かれたメモ帳にペンを走らせる彼の姿に、デカルトはつぶやく。
「君は生きているんだな、この世界を」
「そりゃあ生きているさ。心臓が動いていることが何よりの生の証明だろう。物理学の定理と同じだ。人の鼓動があるということは生きている証だ」
デカルトは下を向き、少なくなったキャラメルフラペチーノをストローでつつく。
「それは私も同じだよ。だけど君はこんなに素晴らしく美味しい飲み物を見つけたり、とにかく行動的だ。この世界に順応しようとせずとも、見事にこの世界に足をつけて生きている。それに比べ私はまだ馴染めずに凝り固まっているんだ。ここに私の居場所などない気がしてね。どうすれば君のように生きられるのか」
二本の揃えた指でこめかみをかき、アインシュタインは不思議な事を言う。
「まだ人類は宇宙の果てを観測すらできていない」
「どういう事かな?」
「ここまで文明が発展しても、世界は謎だらけなんだよ。私は謎を解き明かすことが大好きだからね、それが難問であればあるほど楽しみは沸く。デカルト君、私はこの世界でフラペチーノを机に置き難問に挑むことが楽しみで仕方ないんだよ」
デカルトの曇り空に薄日を差し込もうとするアインシュタイン。
「それならば私にできることも何かあるのだろうか」
「あるさ。この世界の人々は悩みを持つ人がとにかく多いから、デカルト君の力で救ってやることも出来るし、数学的にも結果を残してきた君の力はきっと私の謎解きにも役に立つ。だから手伝ってくれるというなら歓迎するよ。けれどそれでも足りないというなら、自分のすべきことを見つければいい。居場所がないなら自分で作ってやればいいんだ。本を読んでもいいし、映画を見てもいい。それに今はインターネットという世界中と繋がれる便利なものがあるから、そこから居場所を探してもいい。知ってる?インターネット?」
デカルトは恥ずかしげに笑う。
「知ってるさ。使う度にインターネットの利便性に驚かされ、昨日は部屋にwi-fiまで繋いでしまったよ」
「なんだ、やるじゃないか。私も最近インターネットでブログというのを始めたんだ。簡単に説明すればインターネット上に誰でも訪れることが出来る部屋を作れるんだ。コーヒーや食事で客人をもてなすことは出来ないが、記事を書きそれを読ませることで満足してもらうんだ」
デカルトはカップから手を離し、口元に手を当てる。
「それは凄いな。自分の部屋を作れるのか。それで君の部屋にも客人は訪れているのかね?」
「先週かな、アクセス数がやっと300を超えたんだ」
「300。凄いじゃないか、君の部屋に300人が訪れたという事だろう」
目の前に座る男は何故か頬を赤らめ、気まずそうに笑っている。
「そう思うだろう?」
「違うのかい?」
「インターネットとは本当に便利なものでねアクセス解析ということが出来るんだ。それで調べてみると、300を超えるアクセスは全て私のものだった。自分のブログを確かめようと何度も訪れていたからね」
デカルトは呆れ、天井を見上げる顔に手のひらを置く。
「酷い話だな。君は天才的な頭脳を持っているのに、そういうどこか抜けたところを持っている。それゆえ人から愛されるのかもしれないがね」
アインシュタインはダークモカチップフラペチーノのカップを一気に開けた。
「美味しかった。もう飲んでしまったよ」
「私もだ。君の言う通りフラペチーノという飲み物は最高だった」
「ダークモカチップフラペチーノなら君の喜びはもっと大きかったはずだがね」
「それはわかったから」
アインシュタインは口をつぐみ、デカルトはいつの間にか客数の減った店内を見渡す。
閑散とした店内に息苦しさはないが、かえって寂しさが目立つ。椅子に座る残された客たちの姿が、デカルトの目には帰り道を失った赤とんぼに見えた。彼らはこれから夜の都会の明かりに迷わず家に辿り着くことが出来るのだろうか。そして客たちの姿に自分を重ね合わせ、デカルトは不安の雲を背負う。
「これからどうする、もう遅いし帰ろうか?」
寂しさを感じたデカルトは帰ることを促したが、アインシュタインの返答は早かった。
「映画でも見に行こうよ」
「映画?」
「さっきも言っただろ、この世界での楽しみの一つさ。みんなで大きな画面の前に座り、映像に一喜一憂し胸を高鳴らせるんだ。これだって大事な人生の楽しみさ。映画を見ることは人生の蔵書を増やすきっかけにもなるしね」
帰ることを望んではいたが、友人の一言にデカルトは顔をほころばせる。
「映画か、それもいいかもしれないな」
「よし、行こう」
友人は勢いよく立ち上がり、デカルトもそれに続き席を立つ。

店の扉を開けると、街路樹が青い光でライトアップされ、それは天の川のように坂の上まで続いていた。立ち並ぶ高層ビルの下、青い光を放つ街路樹を見つめているとアインシュタインの震える声が耳に届く。
「なにやってるんだ、デカルト君。こんな所に居たら凍えてしまう。今からでも急げば上映時間に間に合うから、早く行こう」
振り返ると老いた友人は、震えながら白い息を手に吹きかけていた
「ああ、映画を見に行くんだったね。それで私達が見るのはどんな映画なのかな?」
寒さで顔を青ざめた友人はニヤリと笑う。
「スターウォーズ、人類が宇宙で戦いを繰り広げる映画さ。君は驚くぞ。映像の美しさはもちろんの事だが、我々の子孫が考えた突拍子もない発想にね」
「私にはついて行けそうにない映画のようだ」
「最高の人生の見つけ方やダヴィンチコードなどいくつか候補はあったんだけど、どれも古い映画のようで上映はされていないようだった。でも良かったよ、スターウォーズの最新版はまだ上映されているみたいだ」
デカルトも声を出す。
「私はスターウォーズという宇宙での人類の戦いの映画より、ダヴィンチコードという映画が見たかったなぁ」
口から出た白い吐息はけやき坂の冷気に紛れ、すぐに消えた。
「君は今日スターウォーズを見るべきなんだ。スターウォーズを見てこの世界を楽しむ活力をもらおうじゃないか。さぁ、行こう」
冷たい外気に身を震わせ、二人は歩き始めた。
「私はダヴィンチコードが見たかった」
「いや、デカルト君は理屈っぽいからダヴィンチコードは駄目」
「ヒドい言われようだ」
「すねてる暇はないよ。そんな暇があるなら楽しんで笑わなければ時間がもったいない。映画館へ急ごう。スターウォーズとキャラメルポップコーンが我々を待っている」
「キャラメルポップコーン?」
「そう、キャラメル好きの君はまたきっと驚くことになるだろう」
ゆったりと流れる車の列を横目に、デカルトは笑った。
「君といると眠る暇もなさそうだな」
「寝る間も惜しんで楽しみ笑う。それが人生の醍醐味さ」
楽しみ笑う彼らのカバンには一杯のフラペチーノ。
青い光に照らされ二人の背中は遠ざかっていく。この世界での居場所を見つけるために。
 足取り軽く映画館へ向かう二人の上、街路樹に粉雪が舞った。




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posted by シバモト at 19:43| Comment(0) | 読み物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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