2017年10月04日

映画だって模倣




先日に引き続き映画の話を。



これはあくまでも私が遊びでやっていたことなのですが、

きっと誰にでも好きな映画の一つはありますよね。


で、好きな映画ならおそらく大体の流れは把握しているはずです。


それを以前記事にした「たまには模倣を」と同じ手順で自分なりに書き出していくのです。

なんなら映画の登場人物に自分の言わせたいセリフを発言させてしまってもいい。

これがなかなか楽しいんですよね。


そして私がこの遊びをしていた大きな理由が、起承転結を身に着けるためなんです。

映画にももちろんしっかりとした起承転結がありますから、小説を書く上での流れが身に付くのです。

なので私は前回紹介した映画「8mile」でもこれを施行し、小説造りの基盤を身に着けてきました。
8-Mile-DI-07-DI-to-L10.jpg





ですから遊びとは言いましたが、これもなかなかいい勉強になると思います


映画の気に入ったワンシーンでもいいですので試してみて下さい。



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posted by シバモト at 19:48| Comment(0) | 美術・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月09日

正しい道から足を踏み出すこと

 
これは犯罪に関する記事ではなく小説関連の記事です。何ともわかりづらいタイトルで申し訳ないです。
 
 型に捕らわれずに作品を書くことは可能なのか。
私は最近よくそのことを考えます。
世に出回る小説の多くが、小説とはこうあるべきだという定義の中で作られた作品です。しっかりとプロットが立てられ、話に起承転結があり、文法や表現に間違いや偏りのない作品を全ての作家が目指しているはずです。
 そしてそれが小説家としての役目でもあります。「この作業を1から10までしっかりとやり通した物が小説だ!」という考えが広がり、出版社も正しい形の小説を望む以上、型や枠から外れた作品など必要とされないのですから仕方のないことです。
 私もこういった考えの下で作られた作品こそが素晴らしいと思いますし、自身でもそういった小説を目指して書いています。決められた型の中に自分のオリジナルの文章を流し込み完成させる。それが小説を小説としてあらしめるのです。それが答えなんです。

それが答~え~だぁ♪ (ウルフルズです、古いですね…)

正しい小説という枠組みの中で、全力でペンをふるってこそ素晴らしい小説は出来ると思います。決められた形の中ですぐれた作品を書き出すのが小説家の仕事なのでしょう。
 でもですよ、ちょっとくらい枠から外れた小説があってもいいとは思いませんか。
正しい形ではないからこそ、かえって作品に艶が出るのではないでしょう
ほら、あれですよ、あれ。本阿弥光悦の作品に見られる歪みや割れ、正しい形を熟知した上で、あえてそこから一歩外れる。だからこそ彼の作品には美術品には疎い私にでも感じ取れるだけの光があるわけです。
 これが本阿弥光悦さんの作品
a435cfa0-s.jpg

   いい味出してるでしょう。

 そこで私は思う訳です。
読者に美を感じさせるようにな作品を作り上げてみたいと。
「よっしゃ、私も道を外れてやろう!」と。

………はい、意気込みだけで未だに実現は出来ていません。
というより、道を外れることすら出来てません。
なぜなら正しい道が示されていて、皆その道を通っているわけですよ。大物作家であれ、私のような小物作家であれ、進むべき道を与えられているわけです。

その道から外へ足を踏み出すのは正直怖いです。
ある意味小説家が職場放棄したようなものですからね。
正しい道から外れ、長時間かけて一つの作品を作り出す。
そしてその作品で、道を外れることは間違いではないと示すこと。悔しいけれど今の私には無理な話に思えます。
ただ、いつの日かコッソリとチャレンジしてみたいと思ってます。




最後までお読みいただきありがとうございました。



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posted by シバモト at 20:17| Comment(0) | 美術・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月20日

ゴッホの美

 札幌にある道立近代美術館で8月26日からゴッホ展が始まるので、本日はゴッホについての話を少々。

 私はそもそも美術品や芸術品が大好きだ。美術品や芸術品は様々な形をしており、様々な主義主張が現われているが、そのどれもに共通する点がある。それは、美しさだ。心奪われるような美しさから、悲しみに打たれてしまう美しさ。作品を見て感じる美しさも多種多様ではあるが、確かなことはどの作品にも美が存在しているということ。そしてその美しさはゴッホの作品からも感じ取れる。

 まずはゴッホについて簡単に説明を。ゴッホは後期印象派の中でも最も名の知れた、オランダ出身の画家。絵の具の質感を顕著に感じさせる技法や、色を多用した強烈な色彩による対象描写で多くの作品を制作し、ドイツ表現主義など後世の画家に大きな影響を与えた作家でもある。そして浮世絵絵画などを集めていたという一面もある。

 ゴッホは浮世絵絵画の技法に興味を持ち収集し、それを模写した油彩画を描き、浮世絵の構図や色彩を学び取っていったこともあり、ゴッホの作品には浮世絵絵画に共通する点も見て取れる。その影響が顕著に表れているのがゴッホ作「タンギー爺さん」であろう。「タンギー爺さん」の背景には渓斎英泉や歌川広重の浮世絵の模写画が描かれており、その背景の前に座るタンギー爺さんに深々とした情緒をもたらしているように私には見える。ゴッホが残した作品の中で、この「タンギー爺さん」も、私にとってとても愛すべき作品の一つだ。

 ちなみにこの「タンギー爺さん」をゴッホが描いた時代は研究時代ともいわれていて、パリで流行していたスーラシニャックが祖とされる点描画法(純色の絵の具を細かく点のように敷き詰めて描く技法)や、浮世絵に見られる平坦なタッチで描かれる技法クロワソニスムを模倣していた。こういった小さな知識でも頭の中に入れておくと、また違った角度から美術品を見ることが出来る。なので、後二つほどゴッホの技法の変化を紹介しておきたい。

 研究時代の次に進んだのが色彩表現時代で、夜のカフェテラスなど色彩の力を一気に開花させて時代である。ゴッホが赤と緑、黄と紫など隣接することで互いの色が引き立ち合う補色関係をよく理解した時代。ちなみに、私がゴッホ作品の中で一番好きなのが、この時代に描かれたとされる「夜のカフェテラス」である。

 そして最後に表現技法時代。間違いなく彼が最も悩み苦しんだ時代であろう。この時代に描かれた彼の絵には、不安などの負の感情が手に取る様に感じられる。そしてこの時代に彼は自ら命を絶ったと言われている。


 最後に自ら悲しい結末へと導いた美術家ではあるが、彼の作品は時代を問わずに美しさがあります。札幌に在住している方は是非とも道立近代美術館に足を運び、美の心を感じ取ってほしいと思う。美術品を目の当たりにするだけでも、あなたの中に美の引出しが一つ増え、豊かな人生への一歩になるはずです。

 最後までお読みいただきありがとうございました。



 ※最後にちょっと宗教家のような言葉を使ってしまいましたが、私は生まれてこの方無宗教でございまして、人様をどこかへ導こうなどという考えは持ち合わせていませんのでご理解を。



 
posted by シバモト at 14:16| Comment(0) | 美術・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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