2017年08月16日

・仮面に吹く風

 本日は読み物を一つ。
また絵画を使わせていただいた作品です。
使用したのはヴェッファ作『青い背景の道化師』とカシニョール作『夕べ』、ピーテル・ブリューゲル作『バベルの塔』 そして前の作品で使わせてもらったフェルメールの『真珠の耳飾りの少女』です。

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 この作品は短いのですが多くの部分で悩んだ作品でもあります。そして作品構成を考える上で一つのルールも作りました。そしてたった一言を入れるか入れないかで二日悩んだ部分もあります。それらを明かした上で読んでいただきたいとも思うのですが、しかしそれを読む前に作者から開かされてもつまらないでしょうから、あえてここでは伏せておきます。
 私の作品を待ち望んでいてくれている人の存在も知り、急ごしらえで作った作品ですがなんとか形になりました。

 是非お読みいただき楽しんでいただけたらと思います。
コメントいただけたら幸いです。




      ・仮面に吹く風


「綺麗な風ね」
バベルの塔から吹く風が、大きな帽子で半分ほど隠れた女の髪を微かに揺らした。
強い風により繊細に揺れる女の髪を道化師はただ見ていた。
「ここがあなたのお気に入りの場所なのね」
「気に入ってはいないよ。ただあの塔を眺めるんだ。それが日常なんだ」
風は収まり、美しく揺れていた髪留めからこぼれた数本の黒い髪は、女の首筋をなぞるようにしなだれた。

 女が涼やかに眺める柵の外側には人間たちが神に少しでも近づこうと建設し、それゆえに神の怒りを買ったとされるバベルの塔が荘厳な姿で大地に腰を下ろしている。
道化師の父は宗教に没頭するタイプの人間であり、バベルの塔が持つ意味合いを幾度となく息子に教授したが、目の前の塔は道化師にとって人が人であることを認識するために作り上げた、壮大で美しく、それでいて空虚な塔に過ぎなかった。人間は神に近づこうとしてこの空っぽの塔を作り、いくら背伸びをしても人間は人間から抜け出せない事を知ったのだから。
「君にはバベルの塔がどう見える?」
女は少し考え口を開く。
「私とあなたは全く違う人間よ」
塔に対する意見を求められた女はこちらを見もせず、自分は道化師ではなくまともな人間だと主張し、言葉を続ける。
「あの塔は私達と同じ」
再び吹いた風に乗り、微かにフルーツの香りをまとった女の不思議な言葉が青の背景を持つ男に届いた。
「あれだけ大きな形で在りながら、あの塔は一人ぼっち。きっとあの塔が世界の真ん中にあったとしても、それは変わらないわ。世界の真ん中という隅に居場所を見つけてしまう塔」
「世界の真ん中の隅か。そこからは何が見えるんだろうね」
女の足が二度地面を蹴った。
「ここと同じよ。青い空を眺めることが出来るわ」
「その青い空はどんな表情をしているのだろう」
落下防止用の柵に手を置き、背を伸ばす女。その背中は心配になるほど華奢だ。
「世界の隅にいるんだもの。そこの空はのどかで穏やかに決まってるわ。その青い空を飛ぶ鳥たちが自由気ままに線を引くのよ。豊かな生命の証」
「ここの空は?」
「青色だけど穏やかではないわ。欲望が滲み出てる」
男は前を向いたままの女に一歩踏み寄る。その気配を察したのか、女は大きな帽子をさらに深くかぶった。その様は10月の末日に黒猫とカボチャのお化けを引き連れる魔女を思わせた。目を細め男は言う。
「人は自分の生み出した欲望に簡単に操られる。自分の器には到底収まりきらないほど大きなものを望み、空を汚し、命を奪う」
「どこまで行っても欲望に塗れたままか。つまらない人生ね」
「それが人間だろう」
帽子の魔女は気の向くままに振り返った。大きな帽子の影となり表情は確認できなかったが、整った輪郭と口元、鼻先、白い肌からこの女性は強い美を兼ね備えていることを男は感じた。触れたくなる美に心を落ち着かせ、静かな湖面に一滴の雫を落とす。
「目の前に太く座るバベルの塔だってそうさ。人間たちが神に近づこうという欲望を持ち、あそこまで築き上げ、それにより神の怒りを買い言葉を乱された。私達が使っているこの言葉すら、世界中に散らばった多くの人間達には理解できないんだ。憐れで笑えてさえくるよ。結果、神を目指した人間たちは、自分の思いすら満足に伝えることが出来なくなった」
女の唇の両端がゆっくりと上にあげられた。どうやら女は笑ったようだ。
「あなたもその愚かな人じゃなくて?」
「私は違う」
「あら、どこが?」
男は視線を強め笑って見せる。全てを悟ったかのような道化師の不敵な笑み
「見ればわかるだろう。私は道化師であり人ではない」
女は手に下げたバッグから小さな瓶を取り出し、その中の色とりどりの乾燥した果物の中から乾いたオレンジを取り出し尖らせた唇でつまんだ。生き生きとした薄い唇で渇いたオレンジを上下に動かす様は、南国の大樹から熟した果物をついばむ鳥を思わせた。世界中を飛び回ることが出来るのに、世界で起きている問題など目にも留めない優雅な化鳥。
 緩やかな風が一つと半分吹く間だけ女は口先でオレンジをもてあそび、生命の循環を補わせるためか、もしくは乾いた果物の味を楽しむためか、口内に放り込み喉に通した。
「あなたは人間よ」
バベルの塔から吹く風に、今度はオレンジの影が感じられた。
「よく見なさい。私のどこが人間だというのか」
「先から先まで。あなたには羨ましくなるだけの人間らしさが溢れているわ」
女は笑い言葉を続ける。
「おかしなメイクをして、禍々しい背景をぶら下げてはいるけれどね」
「それこそが私が道化師である証明なんだ」
女は再びバベルの塔に向き直り、黒く大きな帽子を上げた。
「綺麗な空気ね」
世界の果てまで広がる青空の一部になったかのような女の背中に男はうなずく。目の前の青空とは違う、禍々しい青の背景を背負ったまま。
「少し歩かない?」
「何故?」
「理由なんてないわ。あなたがここに立つ理由は?」
「特にないな」
「じゃあ歩きましょう」
振り返った女は初めて確かな笑顔を見せた。夕暮れが迫る空のような少し寂しげな笑顔。
返事も聞かずに歩き出した女の後を男は追う。一人佇みバベルの塔を見下ろすことは、今日の道化師には憐れな行為に思えた。そう、神に近づこうと決死の思いでバベルの塔を建てた人間達と同じ憐れな行為。

 草を強く踏み、追いついた背中に男は声をかける。
「君はいつもこうなのか」
「こうって?」
「君を怒らせてしまうかもしれないが、君は自分勝手だ。いや、この言葉は適切ではないな」
男は防止の丸い影を踏める距離で速度を落とした。女と並ぶよりは賢い選択と男は自身を納得させる。
「自由奔放だ。あるがままに生きている」
「そうやって生きるのが人間なのよ」
「ならば君の行動は私には理解できないはずだ」
草の上に転がる小石を、細く長い足で女は空に飛ばす。憐れな小石。多くの石の中に埋もれていれば蹴り飛ばされる必要などなかったろうに、緑の布団の上で一人日向ぼっこなどしているから意味もなく宙を舞う羽目になったのだ。
 何の気なしに女に蹴り上げられた小石はすぐに速度を失い、バベルの塔が仰々しく座る柵の外側に落ちて行った。自分と似た小石の行先を目で追っていると、いつの間にか女は立ち止まっていた。
「あなたは道化師だから?」
「そうだ。人間の事は道化師にはわからない」
整った美しい顔を、女はわずかに横に傾けた。
「何故あなたはその道を選んだのかしら」
「私にもわかるように言ってくれないか?」
「何故、道化師になったの?」
道の先に広がる木々の通路から緑色の香りが漂い、男はそれを小さく吸う。
「おかしなことを聞くね。君が人間であることと同じだよ。私は道化師だから道化師として存在しているんだ」
「道化師だって元は人間でしょう。この世に導かれた瞬間から道化師なんてことはあり得ないわ。どんなに賢い猿にだってあなたのように道化を演じることは出来ない。人間しか道化師にはなれないのよ」
道化師が黙ったままいると、帽子の女は言葉を続けた。
「どんなに演じることが上手い道化師でも一枚皮をはがせば中身は人間よ。あなただってそうでしょう」
「違うよ、私はただの道化師だ」
「あなたは賢い人だもの。自分が何者であるか気づかないわけがないわ」
「私に賢さなどないし、それを持つ必要もない」
女は呆れたように大きく首を回した。
「真っ白なカフェの中であなたは私に語ってくれたじゃない。バベルの塔についてあなたのお父様から聞いた話に、自分の見解を織り交ぜて切々と。あなたの話は面白かったし、それに美しさもあったわ。私はあなたの大きなバスケットから溢れ出るほどの知識に魅せられたのよ」
道化師日は顔を上げ空を見る。
「あの時の君はふて腐れたようにさえ見えたから、私の話は君にとってよほどつまらないものなのだと思っていた」
「つまらないのなら、あなたと一緒に塔を見になんか来ないわ。あれはあなたと話をする前に数人のつまらない男達から声をかけられて、うんざりしてその流れを引きずっていただけ」
「私との対話時にまでその流れを引きずっていた。つまりそれは、ふて腐れていたという事ではないのかな」
大きな帽子の下で女は笑った。
「そうね、あなたの言う通りよ」
華々しい笑顔に男の心は微かに揺れ、奇抜なメイクを施した顔に手を当てた。厚く塗りたくったメイクの乾いた感触が指先に触れ、男はすぐに手を離す。


 新緑の木々の通路に入り再び帽子の女の後を追っていると、通路の向こうから一人の少女が歩いてくるのが見えた。少女は青いターバンを巻き、耳には真珠の耳飾りを付け、青空に照らされた生命の香りがする木々の中を静かに歩いてくる。身なりも変わっているが、それ以上に言葉では表せない不思議な空気を持つ少女だった。
 帽子の女もそれに気づいたようで、女の薄い背中に緊張が走ったのが道化師にはわかった。それでも女は警戒した様子は見せずに、青いターバンの少女に声をかける。
「こんにちは、今日はいい天気ね」
大人びた様子の少女はうなずいた。そのたった一つの動作には、幼いながらも品性の良さを感じさせるものがあった。少女の耳で揺れる真珠のように光ろうとせずも光る品性。
「どこから来たの? 今日は一人?」
青いターバンの少女は、木々の枝や葉が重なり緑の天井と化した頭上を指さす。
「この綺麗な緑の輪の先にあるカフェにいたの。一人でね。私は人と話すのが好きだけれど、こうやって一人で歩くことも好きなの。心を高ぶらせることなく、豊かな自然の一部のような気持ちで歩くと、心のどこかに隠されていた自分自身と対話できる気がするの」
透き通った声が鳴らした言葉には知性も感じられた。少女ではなく大人の女性であるのかもしれない
「素敵ね。あなたと隠れていたあなたが対話をするなら、きっと素敵なことが起こりそう」
「ありがとう。私ね、心の中で私自身にもハーブティーを淹れてあげるの。ラベンダーやローズマリー、その日の気分で淹れる種類は違うけれど、いつでも柔らかで優しい香りが私達を包み込んでくれるのよ」
言葉をほんの数回交わしただけで大きな帽子の女の背中から緊張感は消えていた。この少女は人の心に安らぎを与えるハーブの精ではないかと道化師は思う。
高い腰を少しかがめ、少女と視線を合わせた女は楽しそうに聞く。
「香りに包まれたあなた達はどんな話をするの?」
心に温かい毛布を与える少女は笑った。その表情には大人びた容姿や言葉遣いに隠された、子供の顔が透けるようだった。
「そうね、この数日の間に心の外と中で起こった出来事を話し合ったりするの。こんなに面白い本があったのよとか、凄く美味しい紅茶を見つけたのとか、酔っ払いのおじさんが素敵な詩を歌っていたって教えてあげるの。すると心の中の私が教えてくれるのよ」
帽子の女は楽しそうにうなずいている。
「私がその面白い本を見つけた時、心の中ではこんな変化があったのよ。美味しい紅茶を飲んだ時も、酔っ払いのおじさんの詩を聞いた時にも心の中はこんなに輝いていたのって。どれだけ小さくてもいいから生きていく喜びを感じることが大事だと、心の中の私はいつも教えてくれるの。だから私の心の中の引出しには素晴らしい思い出がたくさん」
女は青いターバンの少女に、鼻先が触れるほど顔を近づける。
「素敵な話をありがとう。あなたのおかげで私の心に黄緑色の鳥が飛んだわ」
「黄緑色の鳥?」
「そう、か弱い黄色を緑色が優しく包み込んだ美しい鳥。幸せを感じると私の心にはその鳥が飛ぶのよ」
青いターバンの少女は至福の笑顔を見せた。
「こちらこそありがとう。それじゃあ私そろそろ行こうかな」
「ねぇ、これからお姉さん達ともう一度カフェに行かない? あなたともっと話がしたいわ」
少女は小さく首を振り、その振動で耳飾りが揺れ木々の隙間を縫い届いた陽の光を弾く。
「あなたたちは二人で行った方がいいわ。今日はきっと私はお邪魔」
「そうかしら」
青いターバンの少女は笑みを崩さぬまま道化師を見る。何故か内心をくすぐられている気がして道化師は少女から目を離す。
 二人の様子を見ていた大きな帽子の女が、その場を取りなすように口を開く。
「おかしな顔してるでしょう、この人。こんな厚塗りのピエロみたいなメイクしてね」
帽子の女の言葉に少女は遠慮することなく首を縦に振る。
「ね、こんなメイクやめればいいのにね。でもねメイク落とすのは嫌なんだって。『これが道化師の証だ』なんて言うのよ」
「私もやめた方がいいと思うわ」
少女の返答は早かった。
「でしょ、絶対やめた方がいいわよね。あんなメイク」
少女は防止の女から離れ一歩二歩と道化師に近づいてくる。そして道化師が恐怖を抱く手前の距離で足を止めた。
「お兄さん、仮面をつけてまで笑われるのなら、素顔で笑われた方がずっといいわ。人が人として生きようとして、そんなあなたを笑う人達なんて最低よ。それならあなたも笑い返してやればいいわ。笑われてもけなされても、あるがままの姿で生きるの。そして心許せる人達と美味しいものを食べて笑い合うの。そして優しい香りと味の紅茶を飲む。きっとその方がいいわ。うん、その方がずっといい」
帽子の女は何も言わず後ろから少女を抱きしめた。
「素顔のあなたはきっと素敵よ」
その場に立ち尽くしたまま、道化師は口を開く。
「そうだろうか」
「ええ、きっと」
木々の上で鳥が鳴き、それと重なるように仮面のひび割れる音が聞こえた気がした。
 ゆっくりと緑の通路を歩き始めた少女。その背中に帽子の女は声をかける。
「今日はありがとう。必ずまた会おうね。その時こそお姉さんがカフェで好きな物おごってあげるから」
優しい笑みで少女は振り返る。
「必ず、約束ね」
短いが信頼のおける言葉を帽子の女に渡し、もう一度道化師の目を見つめる。深く静かな水晶玉のような瞳。
「あなたなら大丈夫。次に合う時にはあなたの顔で笑って見せて」
その言葉を最後に再び歩き出した青いターバンの少女を、二人は黙って見送った。涙の雫のような真珠の耳飾りを揺らす少女の背中が見えなくなるまで、ずっと。すべてを受け止めるかのような世界の真ん中の隅を思わせる空の下、耳には鳥たちの鳴き声が届き、深々と揺れる木々の中には自分の素顔を覗いてくれようとする女性が一人。
男は安らぎに触れた気がした。

 青いターバンを巻いた不思議な少女を見送り、二人は木々の通路の先にあるというカフェに向かい歩いていた。男の隣を歩く帽子の女は、木の枝の先に実る果実に目を向け突然小走りを始める。
「おい、どうした」
男の声が聞こえないかのように女は走り、「ごめんね」と言い枝から濃い赤色の果実を切り離し、大きく噛った。果実を口に含んだ女の口元からは透明な果汁がみずみずしくこぼれ出していた。
 女は半笑いを浮かべ、大きく欠けた果実を男に差し出す。どうしていいか困惑していた男を見て女は「あ、嫌だよね」と、気など使う必要はないのに果実を割ろうとする。その行動に男も笑い、女の手から太陽のように赤い果実を奪い取り、女の歯型が残るその上からさらに大きく口を開き噛り付く。口の中に甘酸っぱい生命の味が広がった。
「意外だった」
帽子の女は微笑み男を見ている。
「何がだ?」
「あなたの事だから、子リスのように食べるのかと思ってた。削る様に果物を食べる姿も見てみたかった」
「うるさい」
男の腰に女の小さな拳が埋め込まれた。
「でもなかなか野性的でよかったよ」
「うるさい」
二人の歩く木々の通路の先には強く光が差し込んでいた。どうやらあそこでこの通路も終わりらしい。目当てのカフェも近いようだ。帽子の女は聞く。
「気分はどう?」
「気分か。そうだな、悪くはない」
男は随分小さくなった果肉を口の中に放り込んだ。
「美味しかったでしょ」
「ああ、とても」
「あの果物ね、昔私が住んでた家の周りでたくさん生ってたの。庭に出ると果物と花の香りがして、空気がとても綺麗だったんだ」
女の言葉を紡ぎ合わせ、男は頭の中で女の故郷を想像する。涼やかな風が吹く中、庭を駆けずり回る一人の女の子と果実や花の香り。女の子を見つめる農作業中の両親の穏やかな顔。いつまでも続いてほしい穏やかな光景。
「きっといい所なんだろうな」
「今度案内してあげようか?」
「私を?いいのかい」
女は腕と背を伸ばし、吹き抜ける風のように微笑む。
「何よ、一つの果実を分け合った仲じゃない」
照れを隠すため男は微笑みから目を逸らす。
「そうだね。ありがとう」

 木々の通路を抜けたところには広場があり、散らばる様にベンチが三つと、子供が置き忘れていったのかサッカーボールが一つ、そして水飲み場。その広場の奥に木造のカフェが一軒ポツンと建っていた。二人の頭上には抱き留めたくなるような青空。男は空を見上げ一人笑った。
「いい機会かもしれないな」
「ん?何が」
空に向けた笑みと同じものを髪を抑え風に吹かれる女に見せ、男は水飲み場に向かい頭から冷水をかぶった。そして手の平で強く、乾いた顔をこする。一分ほど水を出し続けた後、男は自分の服で顔を拭き、退屈そうにサッカーボールを蹴る女の前に立った。
 数秒男の素顔を見つめ、女は笑顔で深く頷いた。
木造のカフェに向かい、並び歩き出した二人を撫でるかのように風が吹いた。
「綺麗な風ね」


                                芝本丈



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posted by シバモト at 20:14| Comment(0) | 読み物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月07日

・夜のカフェテリアで

 久し振りに読み物を一つ載せようと思います。

話の舞台はゴッホの『夜のカフェテリア』
今回登場人物として使わせてもらったのはロダンの『考える人』とピカソの『泣く女』です。そしてほんの少しムンクの『叫び』も出てきます。
 お時間のある方は目を通していただけると嬉しいです。

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   ・夜のカフェテリアで

南フランスのアルルの星空の下、多くの人々で賑わうカフェテラスで女は泣き続けていた。
自分の向かいの席で泣き続けている女。自身で涙を止める理由は知っているようだが、女は決してそれをしない。泣き続けることを本能としているかのよう。男は一度も自分の前に座る女を見てはいないが、女が泣いていることだけはわかった。泣く女であるが故に泣く。それは必然の行為だ。
 
体臭の上に香りのプーケを載せた、女性客の後ろ姿を見ながら女は口を開く。
「いつまでそれを続ける気?こんなところで考え事なんかしないで」
涙を流してはいるが、女の声には涙の色はない。怒りのこもる口調で問いかけられた男は右頬と顎の間に手を置き、質問に答える気配をまるで見せない。石のように動きを止めている。
「私に同じ質問をさせないで」
女の声に怒りが増したように思えた。これ以上黙っていると、女の飲んでいるホットコーヒーを頭からかぶることになるかもしれない。男の前に座る女は決してヒステリックではなく、そのような行為とはかけ離れた女性であったが、コーヒーの香りに香水の強い香りが混じりあう店内の、地獄の入り口のような匂いが神経の切れた女の姿を想像させた。仕方なく男は答える。
「考えてはいない。お前は浅はかな勘違いをしている。容姿だけで目の前に座る人間のことを理解できると思わないことだ」
女の返答は早い。
「偉そうね。どういう育ち方をしたのかしら。それで、何?考えてもいないなら何であなたはうつむいているのよ」
「うつむいている訳でもない」
泣く女は首を横に振った。
「じゃあ何?」
「眺めているんだよ」
「何を?」
うつむく体勢の男の目に、随分貧相な靴が入った。元はそこそこいい靴だったようにも見えるが、今は薄汚れ所々に砂や泥がこびりついている。泣き続ける女はその靴をテーブルの下でパタパタと動かし、怒りを表している。足先を動かし怒りを表す様に面白みを感じ、男の口は少しだけ軽くなった。
「私の眼下に広がる地獄を眺めているんだよ。地獄の底でもがき苦しむ罪人たちを、私はこうして眺めている」
男の言葉の終わりに泣く女のため息が重なった。
「呆れた。じゃあ何、私達が座るここはカフェテラスではなく、地獄を見下ろす高台なの? それで苦しむ罪人たちをつまらなそうに眺めてるあなたは神だとでもいうわけ?」
「いいや、ここは紫に近い青の夜の空の下、黄色い明かりが照らすカフェテラスだ。そして私は地獄の門から独立した者であり、神ではない」
「頭が痛くなってきたわ」
男の言葉に呆れ果てた女は、後ろを通った背の高いウェイトレスに赤ワインを頼んだ。ワインを注文した女の態度は目の前の男に対するものとは違い、非常に丁寧だった。
「赤ワインくださる?」と。その違いに驚きを感じたわけではないが、男は地獄から目を上げた。
「やっとこっちを見たわね」
目の前に座る女の顔はとても言葉で表現できるものではなかった。今宵の空のような青い髪に、体調を崩した灰色を満遍なく顔に塗りたくり、黄色い影を垂らすその顔は崩れかかったようにも見える。この世のものとは思えない顔で泣き続ける女。男の眺める地獄に今すぐみでも住まわせることができるほどだ。赤黒い地獄の背景がよく似合いそうな女。だがそんな女を、このカフェテラスにいる人間たちは誰も気にする素振りは見せない。明らかに異端に見える女は、このカフェの中では普通の一個人であると認識されているようで、それならば男も余計な口出しはせず、この女を人と認めた。人として認識されている者を、人に在らざる者と捉えることはあまりにも卑劣で非情だ。男は聞く。
「お前は誰なんだ?」
「見ればわかるでしょう。泣く女よ」
「そういうことではない、一体何者かと聞いている」
泣く女の表情に変化はなかったが、その変化の無さがかえって女の影の広がりを男に伝えた。
「名前はアンリエット・テオドラ・マルコヴィッチ。それともドラ・マールの方が伝わりやすいかしら。服も髪も目も、待とう空気さえ黒い美しい女性に連れられ、あなたに会いに来たの」
男はまた顔を下げる。彼の視線の先には赤黒い穴が広がり、そこでは罪人たちが手を伸ばし助けを求めている。希望や絶望、そして渇望の渦巻く地獄の住民たちの顔。明るいカフェテラスでまで見る物ではないその光景に嫌気が差し、男は地獄から目を離した。
「お前は私の話が分からないと言ったが、私にもお前の話が理解できない。どうやら我々は、言葉で伝えることを苦手としているようだ。お前がそのことをどう感じているかはわからないが、これは重要な問題だ。自分の考えや思いを正確に他者に伝えられないことは非常に辛い。生きるという概念上、他者に物事を伝えられないのは多くの問題を抱えることとなる」
夜の空気を重厚にまとい、存分に見せる価値のある品性を微かに残したウェイトレスの手でテーブルに置かれた赤い液体は、熟した果実の香りを放ち女の喉を通るのを待ちわびているように見えた。悪魔の液体だ。それを女は躊躇することなく口元へ運んだ。
「あなたにとって生きるという行為は概念でしかないの?」
「私は生きることを必要としていなかった。そもそも私は…」
言い淀んだ男の目と、今にもこぼれ落ちそうな女の目が結ばれた。
「続きは?」
「やめておく。お前には私の話は理解できないであろうし、お前に話す必要もない」
「そのほうがいいわ。私もあなたの話は聞きたくないもの」
「それより…」
女はまだ言いたいことがあるようだった。目を細め男を見ている。
「その『お前』って言い方止めてくれない。今教えたでしょう、どちらで呼んでもいいから『お前』はやめて」
滲み出そうな感情を隠すため、男は右手を強く頬に埋めた。
「ではドラ・マールと呼ばせてもらおうか」
女は首を横に振る。
「それでも窮屈ね。ドラでいいわ」
「ドラ、ドラか」
「それで決まりね。『お前』はやめて」
「わかった。それを試みる」

赤い悪魔の液体を飲んだドラ・マールは灰色の頬をほのかに赤く染め、奥のテーブルに一人で座る男性を見た。
「彼は一人でいるのに楽しそうね。おそらく大人である彼には失礼な言い方かもしれないけれど、少年のように生き生きとしている。この世に生を受けたばかりの小鳥の産毛のよう」
ドラ・マールは手に持つグラスを回しながら、目の前に座る男に目を戻した。
「あなたとは大違いね」
「同じ人間などいない。完全に同じ人間は存在を許されない。生命とは一つの個を成すものであり…」
「あなたの話は聞きたくないと言ったでしょう」
二人の間に一瞬の沈黙が流れ、グラスの中を空にしたドラ・マールは声を出す。
「ねぇ、手紙を書いてみない?」
「誰に?何のために? その行為に必要性はあるのか?」
グラスとコーヒーカップが置かれただけの空っぽのテーブルの上に、空虚なため息が通る。
「理由ばかり求めていても何も始まらないわ。意味を持たない行為を楽しんでこその人生じゃないかしら。あなたはまた私の言葉に理屈をこねるのでしょうけど」
「見透かされているのなら、その行為は意味をなさない」
ドラ・マールはテーブルに身を乗り出すような体勢になる。振り返り店の奥に目をやったと思えば、次は体を乗り出す。それも泣きながら。何とも忙しい女だった。
「やってみましょう。お互いが一言づつ言葉をつなげていくの。それで完成した手紙を彼に渡す。同じ日の同じ時間に同じカフェテラスにいるんですもの。手紙一枚で繋がりを作るの」
「私にはまるで理解できない」
「遊びを理解する必要はないわ。でもね、あなたが作り出した地獄を眺めているより、誰かに向けて手紙を作ることの方がずっと有意義なことよ」
男にはドラ・マールの涙が少し薄らいだようにも見えた。賑わうカフェテラスの中、目の前で泣かれ続けているよりは『手紙を作る』という、女が発案した無意味な行為に励むことの方がまだ賢いように思え、女に目をやりうなずいて見せる。
「あら、意外と要領よく納得してくれたのね」
「この納得にも深い意味はない。ただこの場の悪しき居心地を取り払うためだ。それに意味はないし、意味を求めてもいけない」
男の声が聞こえていないかのように女は話す。
「さぁ、さっき説明した通りよ。お互いに一言づつ言葉をつなげ手紙を完成させるの。そしてそれを彼に渡す。いいわね、じゃあ私から」
男の納得の後、遊びはすぐに始められた。泣くことから遠ざかり始めた女は、勝手に手紙を作り渡すことに決めた、カフェテリアの奥に一人で座る青年を見る。
「生きるということは」
生きること。この女は一体どんな内容の手紙を彼に渡すつもりなのか。全く知りもしない人間から生きることについての手紙を渡されることは、恐怖以外の何物でもないはずだ。だが地獄を眺め続けることだけに時間を費やしてきた男には、この流れを断ち切るすべはなかった。
「考えるかのように一点を眺め続けるだけではなく」
続けられた男の言葉にドラ・マールは初めて笑った。泣いているのだが、心地の良さが伝わる表情。
「自らの行動に価値を見出し、人生を描き切ること」
自分のすることにいちいち難癖をつけてきた女の言葉は、決して飾り気はないが男の内心をくすぐるようだった。自らの行動に価値を見出す、悪くない言葉だ。
 たった一行で終わるようではその手紙は手紙としての体を成さない。男は迷ったが言葉を続ける。
「人が生きる道には、多くの苦難が待ち構えているだろう」
「だが君は間違えてはいけない」
ドラ・マールは即座に言葉を付けたし、また笑みを見せた。どうやらこの遊びを本当に楽しんでいるようだ。自分と関係のない女とはいえ、自分との遊びに興じる女性を落胆させるのは忍びなく、男はこの奇妙な遊びに戻る。
「苦難を多く味わうほど、いずれ訪れる喜びの花は大きく咲く」
ドラ・マールは考えるようにカフェテリアの天助を見上げた。言葉を探しているのだろう。
「喜びの花に辿り着くまでに、悲しみの波に飲み込まれそうになることもあるでしょう」
「波に負けぬには笑う事」
「そう、高らかに笑いなさい」
ドラ・マールは男の答えを望んでいるようだった。悲しみの波に襲われた時どうすべきか。男は女の目を見て、頭に浮かんだ考えをそのまま口に出す。
「我々は常に人生を描き出す筆を握っている。生を得て、生を堪能し、生を土に置く。その間に笑う時間が豊富であれば、描いた人生に美が宿る」
女は小さくうなずいた。
「そうね、きっとそう」
「ドラ、それも手紙に載せる一文か?」
「あなたの言葉に対する感想よ。あなたは生真面目すぎるわ。でもその気持ちはきっと伝わる」
ドラ・マールは確かに笑った。顔に溢れ続けていた涙はようやく止まったように男には思えた。

 夜のカフェテラスで女と男の遊びは続いた。知らぬ者同士が即興の言葉で手紙をつづり、それをまた見知らぬ青年に渡す。渡される側にとっては迷惑な遊びかもしれないが、泣くことと眺めることを続けてきた二人にとっては裕福な時間であった。
 二人で紡ぎ合った言葉を紙に書き、それを読み返したドラ・マールは一人笑みを膨らませる。
「なかなか傑作な手紙になっているわ」
「私にも読ませてくれ」
男は女の手から手紙を受け取り、目を通す。意味の通る部分もあるが、それは手紙を模した意味不明な言葉の羅列にも男には思えた。
「人に見せるものではないな」
「いいじゃない。これはこれで素敵な手紙よ。彼ならこれでも、何かを感じ取ってくれるかもしれない。渡してくるわね」
男の呼び止める声が聞こえないように、女は椅子から立ち上がりカフェテリアの奥に座る青年の元へ歩いて行く。
 突然女に声をかけられた少年は驚いたようだが、意外と話し好きなのかドラ・マールとの話は弾んでいるようにも思えた。女は図々しくも青年の向かいの椅子にまで座り込み話し込んでいたが、男を待たせることに悪気を感じたのか、一度男に振り向き青年のテーブルを離れた。お互いに手を振り合う二人。その姿は何故か二人が古くからの友のようにも思えた。
「どうだった、受け取ってもらえたのか」
「もちろん」
ドラ・マールは先ほどとは違うウェイトレスに、二杯目の悪魔の飲み物を頼んだ。
「またあれを飲むのか」
「いいでしょ。今日の夜空にもカフェテラスにも、赤ワインが一番合うわ。それに…」
女は目の前で赤ワインを揺らし、その先に歪むように映る男を見る。その目に押され男は椅子に深く体を預けた。女が何を言いたいのかはわからなかったが、男は頭に浮かぶ疑問をすぐに投げかけた。
「彼は何と言っていた」
「ありがとうって。また一つこの世界に形跡が残せたって」
「形跡?」
真っ赤な液体を口に含み、女はその液体を口内で転がしている。どうやらドラ・マールは悪魔の液体の嗜み方をよく知っているようだった。
「彼ね、おかしなことを言うのよ。僕はまだこの世界の住人になったばかりなんだって。なんでも青いターバンを巻いて真珠の耳飾りをした少女に橋の上を離れる勇気をもらって、その少女に自分のこの世界での形跡を伝えるために、今このカフェテラスにいるんですって」
「一体何なんだそれは。まるで理解が及ばない」
ドラ・マールはまた赤い液体を喉に通す。
「私にもわからないわ。でも彼はこれからも旅を続けていくんですって。時に、自然の声に耳を傾けながら」
「理解できないが、おそらく彼の心は涼やかなのだろうな。我々とは違って」
「あなたも地獄の中の罪人たちを眺めることから離れてみたら? そんなもの見続けていたって飽きるでしょう」
空になったコーヒーカップの底で、コーヒーという飲料だった液体が寂しくこびり付いていた。
「私にはそれをすること以外に、理由を見いだせない」
ドラ・マールの手が男の手首をつかんだ。灰色の手からは意外なことに暖かい熱が伝わってくる。
「理由なんていらないわ。あなたはまずそこから立ち上がりなさい。あの青年のように」
「ここから?」
「そうよ、地獄の底を眺める高台から立ち上がるのよ」
ドラ・マールの顔から涙は完全に消えていた。その理由を掴むことは出来そうだったが、男はあえて手を伸ばさなかった。この世界にはきっと理由のいらないものもあるのだ。

 新しい遊びを思いついたかのように男の手を引く女。
「仕方ないな」
男は椅子の形をした高台から腰を上げ、連れられるように女の後を追った。
地獄を眺めることより有意義な遊びが始まる予感に、胸を高鳴らせながら

 街を照らす夜の空気を、男は思い切り吸い込んだ。


                              芝本丈




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posted by シバモト at 20:12| Comment(0) | 読み物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月01日

真珠の耳飾りの少女とムンクの叫び

この作品はいいタイトルが思い浮かばなかったもので、二つの作品名をそのまま使わせていただきました。私は美術品が好きでして、子供のころから頭の中で絵画の中の人物たちや銅像などに会話させたりしていました。そう言った脳内での遊びは今も止められず、「風神雷神図」の雷神とピカソ作の「泣く女」を会話させてみたりするのです。軽妙な雷神の口調と、熱を感じさせない冷めた口調の泣く女。頭の中では馬鹿話をさせ一人でニヤ付いたりしてますが、今回は一つ真面目に作品を作ってみました。
話に使わせていただいた美術品は、ヨハネス・フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」とエドヴァルド・ムンクの「叫び」です。この二つの作品は描かれた国も年代も異なっているわけですが、そういった作品同士を向かい合わせるのもなかなか面白いもので。
今回の作品も是非ご賞味いただきたく思います。
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・真珠の耳飾りの少女とムンクの叫び


誰かの不安を映し出したかのような赤い空の下、青いターバンを巻いた少女は一人歩いていた。血のように赤い空よりも、少女は自分の耳にかけた真珠の耳飾りが落ちてしまわないかが気になっていた。ただ気になると言っても、それはほんの些細な思い。冬を待つ大樹から一枚の枯れ葉が落ち、自らの根に乗る土の上で命の終わりの音を鳴らす。そんな些細な事だ。


 薄暗い街から届く赤い風に吹かれ歩いて行くと、長い橋が見えて来た。橋の入り口から少し先に入った所に立つ、影のような色をした男性二人の横を通りすぎる。明らかに身なりの違う少女が横を通っても、彼らの目にその姿は映ってないようだった。少女は蒼白な顔に手を当て、一人叫ぶように佇んでいる男の前で立ち止まる。恐怖、不安、困惑、彼の表情にはあらゆる負の感情が渦巻いているように見えた。普通の人間ならなるべく関わり合いを避けたくなる風貌の男に、青いターバンを巻いた少女は迷うことなく声をかけた。
「こんにちは」
男は顔に手を当てたまま、物を見るかのように少女に目を向ける。口を開く様子は全く感じられない。
「なぜあなたは叫んでいるの?」
声にならない声を発している男。彼の顔では、突然に声をかけられたことにより困惑の色が濃く深くなっていた。見るからに特異なこの男は人から声をかけられたこともなく、奇異の目を向けられるか素通りされることが当然の事だったのだろう。
 答えに窮している男に、少女は自分の耳にかけられた真珠の耳飾りを街から吹く不気味な風に揺らしながら、もう一度聞く。
「ねぇ、どうしてあなたは叫んでいるの?」
このまま黙っていても、この場から去る気配もない少女から男は目を離す。そして彼女と同様に風に吹かれ、男は疲れたように言葉を出した。
「もう、答えは出ているんだろう」
「答え?」
男は再度青いターバンの少女に目を戻す。彼の目に力強さはないのだが、少女は重い圧力に気圧され半歩足を引く。
「なんだか君は、僕が何をしているのか知っているように見える」
男の言葉に少女は薄く微笑んだ。微笑んだという確証はないだけの小さな表情の変化だったが、男には確かにそう見えた。綺麗な容姿をしているが、気の強さを感じさせる微笑みらしきものを浮かべ、彼女はうなずく。
「ええ、知っているわ。私があなたについて理解していることが正しいか正しくないかはわからないけれど、私は知っている」
男はようやく自分の顔に当てられていた両手をおろした。恐怖や不安、困惑の感情は男の顔にそのまま残っていて、今はそこに疑問の感情まで重ね塗られているように少女には見えた。
「理解しているならそれで十分だろう。僕にかまわないでくれないか」
「あなたの口から答えを聞きたいの」
「残念なことだけど、僕は人に何かを伝えることはできない。そういう役目は僕にはない」
今度は確かに少女は笑った。
「どんな人でも伝えることは出来るのよ。そのために私達はいるんだから」
「じゃあ君も何かを伝えるために?」
「もちろんよ」
「何を?」
首を横に振る少女の耳で真珠の耳飾りが大きく揺れた。
「先に問いかけたのは私よ」
男は視線を下げ自分の足先を見る。その足先には橋の上に落ちた木の葉に噛り付く一匹の毛虫。その頼りない命の先が気になり、男にはさらに不安が募る。
「面倒な人だな」
「あら、そう?」
「僕が叫んでいる理由?」
「ええ」
「僕は別に叫んでいるわけではないんだよ。ただ僕を見た人が、僕が叫んでいると意識しただけ」
男の言葉に少女は黙ってうなずく。
「やっぱり君は知っているんだね。そうだよ、僕は自然をつんざく響きを聞いて、恐れおののいているんだ。だから叫んではいない。答えを知っている人に種明かしをしてもつまらないけれど、これで満足だよね。僕はこれからもずっとそれを聞いていなければならない。だからこれで話は終わり」
男から答えを聞いても、少女はこの場から去ろうとはしなかった。むしろこの男に興味を引かれているような表情を見せる。
「もういいよね」
街の方角から吹く生ぬるい血のような風に、男の声はかき消されそうになる。背伸びをした少女が、その言葉に手を伸ばしたように男には見えた。

「一休みしませんか」
少女は意味の掴み取れない言葉を発した。男は首をかしげて見せる。
「一休み?」
「こんなに淀んだ風の中で暗い思いを抱えていては、具合が悪くなってしまうでしょう。紅茶でも飲みながら体を休めませんか?」
思いもよらぬ提案だったに違いない。男は立ち尽していたが、彼の心を映すように彼の影は大きく揺れていた。見知らぬ人間から突然お茶に誘われるなど、悪い夢でも見ているようだった。自然の嘆き声と同じで、知りもしない人間からの誘いなど恐怖でしかない。
「迷惑でしたか?」
少女は初めて弱気な声を出した。男の顔色を伺うような表情。誘いを断り人を傷つけることを恐れ、男は蒼白な顔のまま声を出す。
「僕はここに立ち続け、自然を脅かす物事に対して恐れおののいていなければならない。これはとても大事なことなんだ。でも君のせっかくの誘いを断るのは、上手に焼けていないお菓子を自信満々の顔で差し出されるくらい辛い。生焼けのお菓子を食べるのは辛いし、それを理由に人の好意を陰で捨てるのはもっと辛い。だから少しの間だけなら、ほんの少しだけここを離れてみてもいいかもしれない」
一言で済む返答に、長々と理由を付けた男に少女は笑った。美しいのだが悲し気な笑み。
「変わった人ね。でも良かったわ。さぁ、行きましょう」
先に歩き始めた少女。彼女の頭部を包み込んでいる青いターバンが目を引き、男はオスロ・フィヨルドを望む景観から初めて離れることとなる。


 少女は一度も振り返らずに歩き続けた。まるで自分の後を男がついてくることを知っているかのような軽快な歩き。二人が距離を置き歩いているうちに、不気味な風は男に吹きつけることを止めていた。
 
歩き始めて数分かそれとも数十分経ったのか男にはよくわからなかったが、いつの間にか男の眼前には作り物のように美しい青空と草原が広がり、その中腹に一軒の家が建っていた。小屋にも見える家の前に立ち、少女は古ぼけ黒ずんだ鍵を取り出した。鍵を持っているということはここが彼女の家なのだろうが、常に不安を抱えている男は確認のために聞く。
「ここが、君の家なの?」
少女はまた微笑んだ。手でこすればすぐに消えてなくなってしまいそうな笑み。
「それって聞く必要ありますか?」
「だってこれは僕にとって、とても大事なことだと思うんだ。ここまで付いて来て今さらこんなこと言っても遅いかもしれないけど、君は多少僕の事を知ってるようだけど、僕は君の事を道端に転がる石が固いことと同じくらいにしか理解していないんだ。だから君がどんな人だか僕にはわからない。もしかしたら君はカフェで暖かいコーヒーを飲んでる老人を、後ろから叩きつけて鍵を奪うような人かもしれない。そして今その鍵を、さも自分の物のように出したところかもしれない」
少女の笑みに変化はなかった。
「たくさん話せるのね。例え私がどんな人間だったとしても、あなたが感じている脅威に比べたら私の問題なんてほんの小さなことでしょう」
少女は家の扉を開け、躊躇することなく中に入っていった。男はため息をつきその後を追う。自分の意思ではなく、そうするしか術がなかったのだ。
 
青いターバンを巻いた少女に案内された家の中は外観から察するよりも大分広く、男が今まで見たこともないようなものが木造の家の中にいくつも飾られていた。異世界に来てしまったかのように男は家の中を見回した。そうすると少女が開けっ放しにされた扉を閉めようとしたため、男は怯えたような声を出す。
「ちょっと待って。扉は開けておいて」
少女の頭の中に疑問が浮かび、その疑問を色付けすることなくそのまま口から出す。
「どうして?」
「おかしなことを言ってると思わないでほしいんだけど、なんかこの家は特別な感じがするんだ。別の世界に足を踏み入れた様な感じ。だから扉を締めてしまうと元の世界に戻れなくなりそうな気がして怖いんだ」
不思議そうな目を向ける少女に、男はまた口を開く。
「居心地が悪いってわけじゃないんだ。ただ君と同じでこの家も凄く特別な感じがして」
自分を傷つけぬよう気を遣う男。わざわざ男が嫌がることをする必要はないと、扉を開けたまま少女はキッチンに移る。男は畏怖しながらその姿を見つめていた。
「ハーブティーでいいわよね。いろいろ種類があるけど何がいいかしら?ローズヒップ、ローズマリー、タイム、それにカモミールにラベンダーもあるけれど、どういった紅茶がお好み?」
清掃の手が行き届いているであろう整頓されたキッチンに立つ少女は、どのハーブティーを飲むかの選択を男に迫り、その声には小さなトゲがあるように男は感じた。
「聞くまでもないよ。僕がハーブティーの種類なんか知るわけがない。その効能ならなおのこと」
「だと思った」
少女は笑った。大人びて見える知性的で強気な少女が見せた、初めての幼い笑い。人物画に描かれる無感情な女性のように見えていた少女に、子供のようないたずらっ気が見え、男の中で徐々に恐れは薄まりを見せる。
「やっぱり知らないと思ってたのに聞いたんだね。意地の悪い人だ」
「そんな言い方ないじゃない。私はせっかく美味しい紅茶を御馳走しようと思っているのに」
「ごめん。紅茶の種類は君に任せるよ」
「わかったわ。少し待ってて」
「うん、ありがとう」
男はこの家と同じ木で作られた椅子に座り、もう一度家の中を見回した。見たことのない観葉植物に見たことのない細長い絵画、それに依然見たよりも精巧になった地球儀の隣には乾いた土色の地球儀。テーブルの端にも見たこともない長方形の物体が一つ。分厚い敷物なのだろうか。この家にある物置かれている物の多くが見たこともないものだった。本当に別の世界に入り込んでしまったのかもしれないと男は思う。
 まるで答えの見えない考えを巡らせていると、少女が男の見たことが無い不思議な物を手に戻って来た。また未知なるものの登場だ。
「これは?」
「ハーブティーよ」
「こんなの見たことが無い」
「これはドナウキャンドルセットといって、キャンドルを使ってポットを温めているの。素敵な形でしょう」
「うん、綺麗だと思う。それに、優しいリンゴのような香り」
男の何気なく出した言葉を聞き、少女の顔には驚きが広がった。突然の少女の表情に男は身を固くする。
「どうしたの?」
「あなたがこのハーブティーの特徴を香りだけで当てたから驚いてしまって」
「当たってたの?」
「不思議ね、あなたには香りを嗅ぎ分ける才能でもあるのかしら」
少女はポットからマグカップに紅茶を注ぎ入れ、男は紅茶から登る湯気と共にカモミールの香りをもう一度吸い込んだ。
「上手くは言えないけれど、本当に優しい香り。癒されるようだ」
少女は顔をほころばせ一段高い声を出す。
「ねぇ飲んでみて」
少女の顔に喜びが見えたことが嬉しく、男は急いでマグカップを持ち上げた。
「熱いから気を付けて。ゆっくり飲んでね」
「大丈夫だよ」
男は口元にカップを当て、少女の言う通りマグカップの中に穏やかな流れを作り、優しさを感じさせる紅茶を口内に運んだ。ハーブティーは本当に熱かったが、カモミールの風味が広がり男は少し幸せに触れた気がした。そんな男に少女は聞く。
「どう?」
男はここでも迷う。この紅茶の香りを嗅ぎ取った時のように、少女をもう一度驚かせてやりたかった。美味しい紅茶を淹れてくれた少女に対する、せめてもの礼だ。だが先ほど以上の言葉は浮かばず、男は思った言葉をそのまま口にする。
「やっぱり優しいリンゴの風味がする。薄いけれど柔らかな毛布で心を包んでくれるような、落ち着く味」
少女は笑顔でうなずいた。自分の感想は間違ってはいなかったようで、男は安心する。カモミールの効能と同じく、全てを知っているような少女の不思議な笑顔も男に安心をもたらせた。
「あなたの頭の中にはハーブに関する専門書でも入っているのかしら。カモミールという学名はギリシャ語で「大地のリンゴ」を意味するもので、カモミールという植物からは本当にリンゴの香りがするんですって。そして心を包まれるようだ、という表現もカモミールの特徴を言い当てているわ。カモミールは不安や不眠に有効で、気分をリラックスさせる効能もあるの。そして別名では「植物のお医者さん」とも呼ばれていて、病気にかかった植物の近くにカモミールを植えると、その植物は元気になるとも言われているのよ」
「カモミールって凄く優秀な植物なんだね。凄いよ。そして君も」
「私も?」
「僕は今飲ませてもらってる紅茶の印象を思うがままに伝えただけ。でも君は僕のつたない言葉を本来のカモミールの効能と照らし合わせ、詳細な説明とともに僕に正解という印を与えてくれた」
少女は何も言わずに、もう一つのマグカップに注いだカモミールティーを飲んだ。
「素敵な風味。本当に疲れた心が包まれるよう」
「もしかしてこのカモミールって紅茶を選んだのは、僕のためだったの?」
男の言葉に、少女は躊躇することなく頷く。
「ええ、そうよ」
「でもどうして僕なんかに。それに君は僕の事をよく知っているようだったけど」
「質問を二つ重ねることはあまり良くないわね。問いがぼやけて伝わり、あなたの望む答えが得られなくなってしまう」
「ごめん。僕あまり人と話さないから」
少女は白く細長い指を立てる。
「それともうひとつ。僕なんかに、なんて自分を下卑するような言い方はしない事。それは絶対に間違いだから。あなたはあなたしかいないのよ。誰でも必ず大事な存在なの。そして私はそんなあなたを橋の上で見て、お話をして、美味しい紅茶を淹れてあげたいと思ったの。あなたなんかではない。あなたにね。橋の上で蒼白い顔をしているあなたには心身を落ち着かせるための休息が必要だと思ったから」
少女の淹れてくれた優しい香りが男の鼻に静かに届く。
「そうか。ごめん」
「謝ることなんかないわ。わかってくれればいいの。そしてもう一つの質問ね。確かに私はあなたの事を知っていたわ。ううん、違うわね。正しくはあなたの事を聞かされたのよ」
男はカモミールの優しい香りの中、目を広げる。
「僕の事、誰から聞いたの?」
少女は眉を上げ、何か考えているかのような顔を見せる。カモミールの香りに人の香りが混ざった気がした。
「黒い髪に黒い目、黒い服に、暗い背景を背負った女性に聞かされたのよ。橋の上で身動きできないほど恐れているあなたがいると。美しい顔に静かな笑みを浮かべた女性よ」
「僕はそんな人知らないな」
「私も知らない人」
「それでその黒の象徴のような女性は、君に伝えたんだね。橋の上に立つ僕を助けろと」
少女は首を振る。
「彼女はそこまで言わなかった。ただ橋の上にあなたがいることを伝え、そしてこの家の鍵を渡した。さっきも言ったでしょう、私はあなたと話して初めてここに連れて来ようと思ったのよ」
「じゃあやっぱりここは君の家ではなく、その女の人の家なんだ」
「たぶんね。わからないけど多分そうだわ」
マグカップを置き少女は男を見る。
「また私が怖くなった?」
恐れの雲を背負いきれないほど背負った男は、少女の予想に反する言葉を発する。
「不思議なことだけど、今は君に怖さを感じないな。知らない人と他人の家で紅茶を飲んでいるなんて、普段の僕からしたら考えられない状況だけど、うん、ここから逃げ出そうという気は起きていないよ」
「それなら良かったわ」
少女は空になった男のマグカップに紅茶を注ぐ。こういった物の扱いが多い暮らしをしてきたのか、それはとても手慣れた動作に思えた。心を開き始めていた男は少女に聞く。
「君はいったい誰なの?」
男が少女の内側に踏み込む問いを投げかけても、少女は全く動じなかった。自分の内面に入り込んできた何者かを受け入れるような笑み。
「あなたがあなたであるように、私は私。黒に似た世界の中で佇んでいたのが私。その私をさっき話した女性がこの世界に連れ出したの。ここであなたの存在を教えられ、あなたに会いに行き、半分強引にあの場所から連れ出し、あなたにカモミールティーを淹れてあげた。この世界ではまだそれだけの存在。でも私という形跡がどんなに小さくても私は私よ」
男は乾いた手の平を自分の胸に置く。
「わからないな。きっと君は君の知りうることを最適な言葉で示してくれたんだろうけれど、僕には君の言葉を理解しうるだけの能力が無いようだ」
「そんなことないわ。あなたは自然の嘆きに恐れを抱けるほど賢明な人だもの」
「そうなのかな」
少女は椅子から立ち上がり、再びキッチンに戻ると食器棚の隣に置かれた小さなケースから袋を取り出した。乾いた音を立て、袋の中身が丸みのある皿に落ちていく。カタカタカタ。その音に男はどこか遠くにいる家族の匂いを感じ目を閉じた。
 だが寂しい暗闇にも今日は薄日が差す。少女の小さな笑いが伝わり、男はすぐに目を開ける。
「目なんか閉じちゃって、どうしたの?」
「いや、なんでもないよ。ところでそれは何?」
男は少女が持つ皿を見た。
「何って、クッキーよ」
「クッキー」
「そうよ、クッキー。知ってるでしょ。クッキーと紅茶は良く合うの。食べてみて」
テーブルに置かれたクッキーを一つ指で摘まみ、男は口に運ぶ。
「美味しいよ。でも紅茶と合うのなら、どうして最初に持ってきてくれなかったんだい」
少女は強い目を大きく開け男を真っすぐに見る。そしてたっぷりと間を溜めて一言発した。
「忘れてたのよ」
こういった場合、どのような返答をすれば良いのか男にはわからず、ただ苦笑いを浮かべてみせた。
「ドジでごめんなさいね」
謝ってはいるが悪びれる様子のない少女に男は笑顔を見せる。
「謝ることは無いよ。こんなに美味しい紅茶とクッキーの食べさせてもらえて凄く嬉しいんだ。あの橋の上で叫ぶように佇んでいた僕に、これだけの素敵な時間を与えてくれるなんて本当に嬉しいよ」
「良かった」
少女もクッキーをゆっくりと食べ、紅茶を飲む。先ほどの男とは違い、本当に至福の時かのように穏やかに目を閉じる。その何気ない仕草は男に美を感じさせた。
「美味しいわね。本当に美味しい。それに、一つ大きくなったわ」
「大きくなった?」
「ええ、あなたに紅茶を淹れただけではなく、クッキーも食べてもらえた。そして一緒にカモミールティーとクッキーの織りなす美味しさを分かち合うことが出来た。これでまた、この世界での私の形跡が大きくなったわ」
「そんなことで喜ぶなんて、君は本当におかしな人だなぁ」
男の言葉に少女は力強く笑う。
「どんな小さなことでもね、人は大きくなれるのよ。出し忘れていたクッキーを遅れて出すだけでも、誰かがこぼした紅茶の雫を拭いてあげるだけでもいい。例えそれが他の人から見たら無価値なことであっても、あなたにとってそれに価値があればあなたは変われる。そんなことは無価値だって言われたからって気にしちゃだめ。こっちの世界の人達は周りの目を気にしすぎよ。人や世の中に害をなすことでなければ、他人の考えは本棚の隙間にでも詰めておいて、自分の視点を持つことも大事。思いっきり自分のしたいことをするの。『これが私なんだから文句ある?』ってね。だからあなたも、自然の声に耳を傾けるのもいいけれど、あなたのしたいことをすればいいと思うわ」
「したいことかぁ」
「何だっていいのよ。私のように紅茶を淹れるのもいいし、草原で一人のんびりするのもいい」
「そうか、そんなことでもいいんだ」
「そうよ。青い風が吹く草原に寝転んで手足を思い切り伸ばすの。あ、それに古い文庫本を一冊持っていけばもっといいわね。好きなだけ青空を眺め、草の暖かさに心をゆだねて、時に文庫本をめくるのよ。緑色の草が風にそよぐ音と、文庫本をめくる音。それって凄く素敵じゃない」
恐れを抱くだけだった男は、自分のこれからに目を向け高揚した声を出す。
「うん、それは凄くいいことだと思う。僕も今度それやってみようかな」
「でしょ。絶対やるべきよ」
少女は笑顔のまま観葉植物の上の壁にかけられた時計に目を向けた。その動きに何かを察し、男は皿の中に残されたクッキーを指さす。
「これとても美味しかったよ。だから残りは食べないでとっておいてくれないかな」
男の意図していることが伝わらず、少女は首を横に傾ける。
「これを食べないで残しておいたら、また君に会える気がしてさ。僕もどんな形跡を残せたか君に報告したいんだ」
少女の顔に優しさが広がった。
「そうね、是非聞かせてもらいたいわ」
男は自らの意思で立ち上がり、少女を見る。
「また会えるよね?」
強い笑顔で少女は答えた。
「あなたが会いたいと願ってくれるのなら、また必ず会えるわ」

 男は軽快な足取りで歩き出し、謎の女性の家から出た。
「今日はいろいろとありがとう」

男の声は一面の緑が広がる草原に消えた。

 
                        芝本丈


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